米国オバマ大統領の広島演説

5月27日夕方、オバマ大統領は広島を訪問され、原爆慰霊碑に献花、演説されました。
広島市内の空港から慰霊碑のある平和公園までの移動映像からTV放送は始まりました。
厳重に交通規制がなされた静かな道路を走る大統領一行の整然とした車列からは緊張が伝わってきました。
大統領と安倍総理が原爆資料館から慰霊碑へゆっくりと向かう姿を見守る周辺の空気は張りつめており、私自身どうかこのセレモニーが無事厳粛に終了してほしいと願いながらTV放送に見入ってしまいました。
長兄を先の原爆投下で亡くした私にとって印象深い出来事でした。

Seventy-one years agoの言葉から演説は始まりました。同時通訳もありましたが演説を傾聴し理解しようと頑張りました。大部分は十分にフォローできませんでしたが核技術への向かい方、未来の子供達の為への責任に関する以下の2つの意見は何とか聞き取れた気がしました。

  1. 核分裂を可能にした技術の進歩を使うには相当する分だけ人間社会の進歩がなくてはならない。
  2. 核を持った今、困難の増す中でも未来の子供たちの為に平和への努力を続けなければならない。

翌日、日経新聞の8面に演説の全文と翻訳が掲載されました。この掲載により改めて全容を知った次第です。訳は4つの章に分けられ、演説の構成がわかりやすくなっておりました。この中で第3章にある以下に示した節で“ escape logic of fear” は“恐怖の理論から逃れる”と訳されていました。浅学な私には抽象的で良く理解できなかった点ではありました。しかしそれ以上何もせずそのままにしておりました。
Among those nations like my own that hold nuclear stockpiles, we must have the courage to escape the logic of fear and pursue a world without them. We may not realize this goal in my lifetime, but persistent effort can roll back the possibility of catastrophe.

ところが7月初旬、月刊化学の8月号をめくっている時再び演説の全文が目に入ってきました。フリーランスライターで青山学院大学講師の館野佐保氏が英論文作成に役立つ英文表現術をテーマに演説文を解釈されたものでした。
同氏は先述した“ escape logic of fear”の新聞訳は直訳過ぎることを指摘され、代わりに“核の脅威を用いた外交上の説得や論法をやめる”と訳されていました。核武力の優位を示威し外交上の優位を勝ち取ることをしないということでしょう。具体的でイメージしやすい素晴らしい意訳であると思いました。
演説原案は天才スピーチライターのベン・ローズ氏によるものであり、彼がどこまで
考えて書いたかは定かではないが、“logic”は半導体の理論回路部分を意味し、核そのものだけでなく原子力科学技術も意味する可能性もあると同氏は述べておられます。
氏の解説を読んだ後改めて演説文に目を通した時、私は次の節にも目を引かれました。
We can chart a course that leads to the destruction of these stockpiles, we can stop
the spread to new nations , and secure deadly materials from fanatics. And yet that
is not enough, for we see around world today how even the crudest rifles and barrel
bombs can serve up violence on a terrible scale.

核兵器の拡散を止めることに加え依然として大きな破壊力を持つ銃、通常爆弾の拡散を止める努力も必要であることが語られたものですが、大量破壊兵器の拡散防止だけでなく通常兵器の過度の蓄積防止も目的とした安全保障輸出管理が頭に浮かんできました。安全保障輸出管理は今後更に重要度を増すでしょう。オバマ大統領の平和に対する思想を受け、より有効な米国輸出管理が打ち出されることを期待するところです。
一方でオバマ大統領の任期は残り少なくなりました。本年11月には新しい大統領が選出される予定です。米国の大統領には国内の内向な課題に向うだけでなく世界平和への高い思想を持ってほしいと思います。新大統領の意志を踏まえ、米国の輸出管理はどのように変わるのか今後見つめて行きたいと思います。

中村英夫