1、はじめに

特定元素の原子量と同位体の存在比が質量分析で測定できる。このため核燃料物質
の分析に質量分析計は欠かせない。
質量分析計の輸出は輸出令別表第1の2項(32)、貨物等省令第1条第37号及び
2項(7)、貨物等省令第1条第7号で規制される。(表1)

表1質量分析計の規制内容(外為法)

輸出令別表第1
2項(32) 核燃料物質の分析に用いられる質量分析計又はイオン源
貨物等省令
第1条37号 質量分析計であって、原子質量単位で表した質量が230以上のイオンを測定することができ、かつ、原子質量の差が2未満のイオンを区別することができるもののうち、次のイからホまでのいずれかに該当するもの(ヘに該当するものを除く。)又は当該質量分析計に用いることができるイオン源
  イ 誘導結合プラズマを用いたもの
  ロ グロー放電を用いたもの
  ハ 熱電離を用いたもの
  ニ 分析される物質に電子を衝突させてイオン化するイオン源を有するものであって、次の(一)及び(二)に該当するもの

(一)電子ビームを用いて分子がイオン化されるイオン源領域に、分析される物質の分子の平行ビームを照射する装置を有するもの

(二) 分析される物質の分子の平行ビーム中の電子ビームを用いてイオン化されない分子を捕捉するため、零下80度以下の温度となることができるコールドトラップを1以上有するもの

  ホ アクチニド又はそのふっ化物のイオン化用に設計したイオン源を有するもの
  ヘ 次の(一)から(五)までの全てに該当するもの

(一) 原子質量単位で表した質量が320以上のイオンを測定することができるものであって、原子質量単位での分解能が320を超えるもの

(二) イオン源が、ニッケル、ニッケルの含有量が全重量の60パーセント以上のニッケル銅合金又はニッケルクロム合金で作られた又はこれらの材料で保護されたもの

(三) 分析される物質に電子を衝突させてイオン化するイオン源を有するもの

(四) 同位元素の分析に用いることができるコレクタを有するもの

(五) 六ふっ化ウランのガスの流れを止めずに試料を採取することができるように設計したもの

輸出令別表第1
2項(7) ウラン若しくはプルトニウムの同位元素の分離用の装置若しくはその附属装置又はこれらの部分品((31)に掲げるものを除く。)
第1条7号 ウラン若しくはプルトニウムの同位元素の分離用の装置であって、次のいずれかに該当するもの若しくはその附属装置又はこれらの部分品
解釈 用語 ウラン又はプルトニウムの同位元素の分離用の装置

・ウラン又はプルトニウムの同位元素の分離に用いることができる装置をいう。

ウラン又はプルトニウムの同位元素の分離用の装置の附属装置

・ウラン又はプルトニウムの同位元素の分離用の装置本体の外側に据え付けられる装置をいい、次のいずれかに該当するものを含む。

イ・・・・

ロ・・・

ハ 質量分析計であって、次の(一)から(五)までの全てに該当するもの

(一) 原子質量単位で表した質量が320以上のイオンを測定することができるものであって、原子質量単位での分解能が320を超えるもの

(二) イオン源が、ニッケル、ニッケルの含有量が全重量の60パーセント以上のニッケル銅合金又はニッケルクロム合金で作られた又はこれらの材料で保護されたもの

(三) 分析される物質に電子を衝突させてイオン化するイオン源を有するもの

(四) 同位元素の分析に用いることができるコレクタを有するもの

(五) 六ふっ化ウランのガスの流れを止めずに試料を採取することができるように設計したもの

 

貨物等省令1条37号ヘに該当する質量分析計は第1条7号で規制されることが表1からわかる。
さて測定精度の規制内容に注目すると、1条37号では原子質量の差が2未満のイオンを区別することができるもの、第1条7号では原子質量単位での分解能が320を超えるものと記載されている。
明確であるようだが、いざ実務レベルで考えると以下の疑問が湧いてきた。

①“2未満のイオンを区別できる”とはマススペクトルチャートにおいて具体的には
どういった状態を言うのか?
②上述2精度は質量がそれぞれ230、320原子質量単位以上のイオン全てを対象に
するものか?
③精度に関する2つの表現はどのような関係にあるのか?
表現は何故変えてあるのか?
これらの疑問点に着目し、規制される質量分析計の分解能について考察した。

2.NSGガイドラインでの規制内容
質量分析計の輸出規制の基本となるのはNSGのガイドラインである。NSGのホームページで質量分析計及び測定精度に関する内容を調べた。
2つの外為法規制の基になるNSGガイドラインでの規制が記載されている箇所をそれぞれ表2に示した。

表2 外為法規制のNSGでの記載箇所

外為法 NSG Guideline
輸出令別表第一 2(32)

貨物等省令 第1条37号

Guideline for nuclear Transfers of nuclear-related

dual-use equipment,materials,software

and related technology (INFCIRC/254,Part2)

3.B.6

2 輸出令別表第一 2(7)

貨物等省令 第1条7号

Guideline for nuclear Transfers

(INFCIRC/254,Part1)

5-2-4  5-4-5  5-5-11(記載内容はいずれも同じ)

 

表2のNSG 3.B.6及び5-2-4では測定精度は以下のように記載されている。

3.B.6
capable of measuring ions of 230 atomic mass units or greater and having a
resolution of better than 2 parts in 230,

5-2-4
capable of measuring ions of 320 atomic mass units or greater and having a
resolution of better than 1 part in 320

 

外為法と違いNSGでは上述のように同じ表現パターンで精度が記載されている。
次に“having a resolution of better than X parts in Y”の翻訳を試みた。
“質量YDaにおいて見分け得る近接した2ピークの最小間隔がXDaより良好な(=XDa未満)分解能を持つ“と訳せる。訳に際しては以下の調査結果を使った。

atomic mass units(原子質量単位)1):基底状態にある12C原子の質量の1/12と定義

した統一原子質量単位(unified atomic mass unit 標記u)と同じ定義で事実上使用されている単位。”原子質量単位”の用語は①16Oの質量、②16O、17O、18Oの加重平均質量を基準とし定義した単位としても過去に使用され、一義的でないため公式には廃止されている。馴染みのあるダルトン(Da)は同じ定義で使用が公認されている。uに比べ表記上分かり易いので、本レポートではDaを使った。

1u=1Da=1.66053886×10-27kg
Resolution2)3):分解能(顕微鏡、望遠鏡において見分け得る近接した2点の最小間隔、
又は分光器において分解し得る隣接した2つのスペクトル線の間隔)
スペクトルに出現する測定結果の質を評価するための指標を分解度(resolution)、
分析計の能力を評価するための指標を分解能(resolving power)と正確には使い分けられる。
本ケースはresolving powerを意味していると考える。
現外為法では、原子質量230以上の任意のイオンにおいて質量の差が2未満のイオンを区別できる測定精度が規制されると読めるが、規制範囲は数学的にNSGのそれと変らなかった。
そうであれば分かり易く“原子質量230において質量の差が2未満のイオンを区別することができるもの”としたほうが適切と考える。

3.質量スペクトル分解能(IUPAC
Gold Book(Compendium of Chemical Terminology 化学用語集)4)により
質量スペクトル分解能について次に調べた。

① 特定イオンの併進エネルギーの分離を定義したエネルギー分解能
② 10%谷に基づきピークの分離を定義した質量分解能
③ ピークの幅を用い定義した質量分解能

の3種類が説明されている。ここでは質量分解能②、③について述べる。
又わかりやすくするためピークを二等辺三角形で近似し説明に使用した。質量の単位は数値にDaを乗じ全てkgとした。

②「10%谷に基づく定義」
強度が同じで質量がmDaと(m-Δm)Daにおける2本のピークの重なった部分の谷の高さがピークの高さの10%になるよう分離でき、且、質量がmDaを超えるmDaで先述と同強度、同質量差の2つのピークの重なった部分の谷の高さがピークの高さの10%より大きくなる場合、分解能はmDa/ΔmDaとなる。

図1 10%谷に基づく定義の図解

扇形磁場型、四重極、イオントラップ、飛行時間型、イオンサイクロトロン共鳴型など原理の異なる装置でイオン化された粒子の分離は実行されるが、扇形磁場型分析計の分解能を表す時にこの定義は使用される。

③「ピークの幅を用いた定義」

単一に荷電した質量mDaのイオンからなる単一ピークの分解能はmDa/ΔmDaで定義される。ここでΔmDaはピーク高さに対し特定比率にある地点に於けるピーク幅を言う。比率として50%、5%、0.5%が推奨される。現在使用されているほとんどの質分析計の分解能を表す際に使われる比率は50%である。(図2)

この場合ΔmDaは半値幅(FWHM: Full Width of Half Maximum)と称される。



次に質量mDaに於ける半値幅による分解能mDa/ΔmDaでの隣接ピークとの分離度合を考えてみた。

「10%谷に基づく定義」の考え方が役立つ。(図3)
Daにおける分解能はmDa/ΔmDa(半値幅)、
Da/ΔmDa(谷)となる。両者が等しくなるためにはΔmDa=ΔmDaとならなければ
ならない。
この条件を満たすのは2本のピークの重なった部分の谷の高さがピークの高さの50%である時となる。(図4)
半値幅による分解能は質量差が半値幅に等しい隣接ピークとの重なった部分の谷の高さが50%である時の分解能と言うことになる。

JIS K0123に以下に示す記載のあることが考察の過程でわかった。
質量分析計で,任意の質量電荷比  m/z=M と m/z=[M+ΔM]  との 2 本のピークは区別できるが,m/z の差がΔM より小さい 2 本のピークは区別できないとき,R=M/ΔM をこの装置の分解能という。ここでピークが区別できるということは,磁場形ではピーク高さの 10 %位置,その他のアナライザーではピーク高さの50 %位置で分離していることを指す。

今回ピークを2等辺三角形で近似し両定義の関係を考察した。考察結果と同じことが
JISに記載されており、ピークの2等辺三角形近似が的外れでないことを確かめることができた。

 

4.m/zについて

質量分析では文字通りイオンの質量が対象とされることが考察から分かる。

学生時代(1973年頃)に、反応生成物の構造決定の手段の一つとしてに質量分析計は既に必須のものであった。質量スペクトルチャートの横軸はm/zであり、まれに例外はあったが数値最大ピークのm/zがXの時に分子量はXと考え又構成元素の原子量を用い開裂パターンを解析した記憶がある。今回、考察の過程でm/zと質量の関係が気になっていた。

幸い本件に関しては文献3)の中に親切な説明があったので以下に紹介した。

質量分析の一次的な測定結果であるマススペクトルの横軸から直接読み取ることのできる測定値はm/z(エム・オーバー・ズィー)である。m/z は「イオンの質量を統一原子質量単位(=ダルトン)で割って得られた無次元量をさらにイオンの電荷数の絶対値で割って得られる無次元量」と定義されている。質量はkg やDa、u などの単位を有する有次元の物理量であるのに対し,m/z は単位表記が必要ない無次元の物理量である。質量分析ではマススペクトルに表示される無次元量のm/zの値から,Da もしくはu の単位を有する有次元の質量の値に換算する。

あるメーカーのソフトウェアはマススペクトルの横軸ラベルに“Mass(m/z)” と表記しm/z を質量の単位のように扱っている。しかしm/z は物理量の名称であり単位ではない。またm/ z は質量電荷比(mass to charge ratio)の記号だと信じられているが,電荷と電荷数の定義は異なるので“m/z=質量電荷比”は誤った固定概念である。したがって“mass/charge” の横軸ラベルも誤記である。・・・・・・・・・・

質量分析で得られた数値を表す際,m/ z , 質量(mass),質量数(mass number),質量電荷比(massto charge ratio),分子量(molecular weight)の用語が用いられる。しかし,この5 種類の用語は同義語ではなく,同じ化合物の質量,m/z,質量数,分子量,質量電荷比の数値は必ずしも同じではない。質量分析の結果を説明する際に質量数,質量電荷比,分子量の用語が用いられる場合,その多くは誤用である。

 

JIS K0123にも“質量電荷比  m/z=M”の記述があり気になるところである。
イオン1個の質量をMkg、その時のm/zをXとし分子量との関係を調べた。
M/Da=Xであり、M=X×Daとなる。
分子量=イオン1モルの重さ(イオン6.02214086×1023個分5)の質量とする)
Da=1.66053866×10―27kgとすると
分子量 = M×6.02214150×1023
= X×1.66053866×10―27×6.02214086×1023 kg
= X×9.99999771×10-4Kg=0.99999977×X g
分子量とXの値は厳密には相違するが、限りなく等しい。

 

5.まとめ

はじめにで記載した外為法で規制される質量分析計の分解能に関する疑問のうち
①~③に関して本考察で理解できた。④についてはどのような事情があるのか不明であった。

①2未満のイオンを区別できるとはマススペクトルチャートにおいて具体的にはどういった状態を言うのか?

②上述2精度は質量がそれぞれ230、320原子質量単位以上のイオン全てに対するものか?

③精度に関する2つの表現はどのような関係にあるのか?

④表現は何故変えてあるのか?

 

市販の質量分析計の分解能は今や数千のオーダーであり規制の100~300レベル

をはるかに凌駕している。又色々なイオン化手法が開発され無機化合物、モノマー有機化合物だけでなく高分子化合物の分野で質量分析計は重要な分析機器の一つとなっている。ペプチドや代謝物等の生体高分子が測定可能となってから生命科学分野における質量分析計の利用は顕著に増加してきたと言われている。生命科学分野の技術が今後兵器に使われる恐れは大いにある。イオン測定可能範囲、精度に網はかかっているが、今後新しいイオン化技術は出現する。安全保障輸出管理の観点からもイオン化の技術革新に注目しておかなければならないと考える。

 

6.文献等

1)吉野健一,  J. Mass. Spectrom. Soc. Jpn. , 56(6) ,  269 (2008).
2)編集代表 小稲義男, 新英和大辞典, 第5版, P1799 , 研究社 (1980).
3)吉野健一, ぶんせき, 2017(6), 216(2017).
4)「外国為替令及び輸出貿易管理令の一部を改正する政令案」に対する意見、

安全保障貿易情報センター、藤本 修、25情報セ調(経提)第2号(2013)
にアクセス法の記載有。http://goldbook.iupac.org/R05318.html
IUPACのHPからも以下の順序で開くことができる。
IUPAC > WHAT WE DO > BOOKS > IUPAC Color Book series >
Chemical Terminology (Gold Book) > alphabetical Index > R >
resolution in mass spectroscopy

5)アボガドロ定数=6.022140857×1023mol-1

     2014年Committee on Data for Science and Technology (CODATA)推奨値

 

中村英夫