「水素エネルギー社会の実現性について」

日本のGDPはここ10年以上、500兆円であり、日本の総エネルギー消費はこの間5億トン/年(石油換算)である。従って、日本では「1万円の付加価値を生むのに石油10kgを消費している」ことになる。これを原点において、新エネルギー機器の初期コストの経済性、水素エネルギー社会の実現性などの評価に適用する。

地球温暖化対策として

「低炭素社会」の実現が叫ばれ、その具体的な案として「水素エネルギー社会」が取り上げられている。化学プラントを少しでも勉強したことがある人ならば、直感的に“水素エネルギー社会は高コスト社会である”と気付くであろう。理由は単純で、水素の製造コスト(あるいは供給コスト)は、燃焼熱当り天然ガス、石油、石炭より2~4倍も高いからである。工業的に使用される水素は天然ガスのスチームリフォーミングで製造されている。スチームリフォーミングは熱効率の良い反応であり、メタンの持っている燃焼熱の90%以上が生成する水素の燃焼熱に変換される。

燃料電池について

燃料電池(FC)は、熱電併給(コジェネ)機器として、日本で実用化が始まっている。都市ガスを利用したコジェネシステムは、「エネファーム」として、年間数万台が販売されている。標準的なエネファームは、電気出力0.75kW、給湯出力1.25kW、総出力2kWの機種が約200万円で販売されている(補助金が3割程度出る)。エネファームの給湯器のみとしての価値は20~40万円だと考えられるので、発電機としての価格だけを考えるならば、0.75kWで150万円、即ちkWあたり、200万円となる。200万円の付加価値を付けるのには、機器製造段階で石油2000kgを消費していることに注意しなければならない。初期費用でこれだけのエネルギーを消費するのでは、省エネルギーの効果は小さい。

燃料電池自動車について

燃料電池自動車(FCV)としては、トヨタ自動車から「ミライ」が商用車として2015年に発売された。販売価格は723万円とされ、補助金を利用すると、購買者の負担は500万円である。燃料電池(FC)の出力は114kW(155馬力)であり、ガソリン車の1500㏄エンジンあたりに相当する。ここで問題とされるのは114kWの燃料電池をどのくらいのコストで製造できるかである。ミライの燃料電池は、エネファームに用いられている固体高分子型燃料電池(PEFC)と同じものである。エネファームは準商業ベースで数万台/年製造されているから、FCV用の燃料電池の価格もそれらに相応のコストで生産されているであろう。エネファームのFCの価格、100~200万円/kWを適用すると、FCVのFCだけで1億円を超える計算になる。今仮に、エネファームのFC価格の“1/10”の20万円/kWを仮定して、議論を進める。FCVのFCの価格は、20(万円/kW) X 114 (kW) = 2280万円となる。これは、将来の製造のコストダウンを考慮して、FCの価格を極めて低く仮定した場合の値である。トヨタ自動車は、低く見積もってもFCV「ミライ」1台売る毎に2000万円の持ち出しをしていることになる。この持ち出しは、1000台程度はトヨタの利益で宣伝費として賄える。しかし、1万台~10万台販売となると無理であろう。
さて、FCVを通常のガソリン車に比べて2000万円高く購入した人の場合をかんがえてみよう。2000万円の付加価値を付けるには、20,000kgの石油換算のエネルギーを消費している。20,000kgのガソリンがあれば、燃費を10㎞/kgとしても、200,000㎞は走行できることになる。エネルギー的には、FCVを購入しても、環境に貢献したとは言えないだろう。

 

松田臣平