噴霧乾燥器(スプレードライヤ)の輸出に関して

今年の3月と5月の日経新聞報道において、『軍事転用可の機器(噴霧乾燥機)輸出容疑で社長ら逮捕(2020年3月12日付) 』、『韓国に兵器転用可能装置不正輸出疑い社長ら再逮捕(同年5月26日付)』の記事がありました。

内容は、生物兵器の製造に転用可能な「スプレードライヤ」と呼ばれる噴霧乾燥機(詳細は、当ブログ「安全保障貿易管理技術用語集No.4噴霧乾燥器」をご参照ください)を中国に不正輸出したとして、産業機械製造の大川原化工機(株)(横浜市)社長ら3人を外為法違反の疑いで逮捕した。さらに、韓国企業にも同様の不正輸出を行ったとみて調べている。というのが、3月の記事で、5月の記事は、「韓国への容疑がかためられ逮捕に至った」ということでしょう。と言いますのは、日経新聞は、その意図は不明ですが、現在、これらの記事に関して電子版購入会員に対する「保存記事」サービスにおいて、記事内容を「掲載期間終了」ということで削除しており、WEB上では残っていないのです。

問題の外為法の「噴霧乾燥器」に関する、記述は以下のようなものです。

用語:噴霧乾燥器  項番:3の2-2、3の2-2省(2)5の2 (3の2項貨物:生物兵器)
3の2-2省(2)5の2
噴霧乾燥器であって、次のイからハまでの全てに該当するもの

  • イ 水分蒸発量*が1時間あたり0.4キログラム以上400キログラム以下のもの
  • ロ 平均粒子径10マイクロメートル以下の製品を製造することが可能なもの又は噴霧乾燥器の最小の部分品の変更**で平均粒子径***10マイクロメートル以下の製品を製造することが可能なもの
  • ハ 定置した状態で内部の滅菌又は殺菌をすることができるもの

    脚注:
    *水分蒸発量:1時間あたりの最大の水分量をいう。
    **最小の部分品の変更:噴霧ノズルの交換を含む。
    ***平均の粒子径:レーザー回折により測定したものをいう。

 

そこで、問題とされた大川原化工機(株)の輸出製品のカタログ上のスペックを参照すると、超微細な処理粉末を得ることを「売り物」にした画期的製品であり、上記「ロ」は、該当しています。当然、「イ」も装置・設備能力上該当しており、問題は、「ハ」の要件です。これは、きわめて「微妙」と言わざるを得ない状況です、同社のカタログには、医薬品製造用を謳った他社製品カタログのように「滅菌、殺菌」に関して、積極的な記述は見られないもののHEPAフィルタ****を用いて「異物」を除去できる機能は記載されています。これが、「ハ」の要件を満たしていることになれば、この製品は「該当」と判断されても仕方がないものと考えられます。しかしながら、上記法において「イ」および「ロ」においては、数値を用いて規定しているが、「ハ」に関しては、(滅菌、殺菌性能に関する)定量的な規制が記述されていない点も「曖昧さ」を残しております。さらに、カタログは飽くまで「一般的事項」のみ示しており、実際のディテールにおいては、発注先の要請による「オプション」が加えられることは十分考えられ、現実的な「該非判定」は、最終的な納入仕様と上記外為法との照合が必要であることは言うまでもありません。

筆者は、以前、ファインセラミックス製造技術の開発に携わったことがあり、大川原化工機(株)製の噴霧乾燥機を用いた経験があります。製造工程中の「粉体調製」において、同装置による処理粉体への適度の流動性の付与がその後のプロセスである成形操作において型への粉体の充填性向上に極めて有効であり、結果として良好な焼結体を得るために多大な寄与をもたらす極めて「重要」な役割を果たすものとの認識は、セラミックスに限らず粉体・粉末を経由して、材料・素子等を製造する技術に関わる者すべての一致した考えであろうと思われます。暫く開発の第一線から離れ、その後の状況は具には判りませんが、同社の開発による処理粉末の「超微細化」技術は、焼結性の向上をはじめ、さらに新たな機能性材料の開発に寄与してきたことは想像に難くありません。

ここで、上記しました「適度な流動性付与」に関して、若干の補足しておきますと、噴霧乾燥(スプレードライ)した粉末の状態は、いわゆる「顆粒」と言われ、薬品、食品、粉末洗剤、そしてインスタントコーヒーなどでも見られる粉末の形態です。たとえば「グラニュ糖」が、普通の「白糖」と比べて、購入した袋から容器等に移し替える時に、流動性の良さを発揮してスムーズに行えることを多くの人が体感していることでしょう。これが、スプレードライの効果です。

さて、筆者は、今から7-8年前より、安全保障貿易管理に関心を寄せ、当センターを通した活動を始めました。しかし、この期間、この「安全保障貿易管理」を取巻く状況は「一変」しています。一番大きな変化は、北朝鮮による「核・ミサイル」技術の開発の状況が世界中に「詳らかにされた」ということだと思います。

元々、「安全保障貿易管理」の考え方は、ココム(COCOM)(Coordinating Committee for Export to Communist Area、対共産圏輸出統制委員会:共産圏諸国に対する戦略物資や技術の輸出を禁止または制限することを目的とする協定機関)の機能の継続を目指し東西冷戦終結後(1994-5年頃)に生まれたものでありました。それまで、最大・最強の共産国家でありました「ソ連」が崩壊後、これらの国々からの「脅威」は薄れて、時代が流れる中、合法・違法を含めて様々な手段で諸外国の技術を導入してきた「中国」が、新たな脅威として2000年以降に台頭してきました。また、それらの傘(隠れ蓑)の下で、北朝鮮が、凶悪の「技術開発」を実現し、その脅威を世界中に知らしめたのは2012年以降でした。当初は、我々が有する「先端技術」から隔絶された北朝鮮の技術なんて「多寡が知れている」と自由主義国家の誰もが思っていましたが、やがて、それが、「甘い」幻想であることが、明らかにされるにつれて、当然、北朝鮮に「独自技術」などあろうはずもなく、何らかの手段による『不正技術流入』が行われていたに違いないと思うに至る訳ですが、ここで、「安全保障貿易管理」という国家・国際的規制、また我々の活動は、「一体何であったのであろうか?」と思わずにはいられません。つまり、「北朝鮮のような国際的脅威を造らなくする」という主たる目的を殆ど果たせていない「無意味」な規制であったということが明らかになりました。

ここ数年来の日韓関係の険悪ムードの中、昨年、対韓国輸出規制が見直され、さらに韓国側の反発に激しさが増しております。冒頭の記述に戻りますと「中国そして韓国への不正輸出」ということが、容疑事実として挙げられております。つまり、北朝鮮への『不正技術流入』の主要な「経由地」として、日本が疑いの目を向けているのが「中国」そして「韓国」ということを表しているのではないかと考えられます。勿論、国家としてのこれらの国々が、そのようなことをするとは考えたくありませんが、何らかの「闇の支援組織」の存在なくして、北朝鮮がもたらした「脅威」は生まれることはありません、このような「国際的な悪の機構」を、見つけ出して排除することを行わない限り、安全保障貿易管理は、単なる形骸化した「無意味な」規制と言わざるを得ません。そして、既に多くのことが「現実となってしまっている」以上、「今更何をしても」という「徒労感」をもたずにはいられません。

最後に、筆者は、十数年前に数年に亘って韓国メーカーに、あるセラミックス製品の製造技術を、工場立ち上げまで指導した経験があります。勿論、この際も、前記しました経験を基に、大川原化工機(株)の噴霧乾燥器の装備を推奨し、このメーカーは輸入、設置いたしました。筆者の知る限りのセラミックス分野においてのみでも、「プロセス技術の革新」に多大の寄与をし、また日本の技術力の高さを示してきました同社の製品およびそれらの開発、製造、輸出に携わって来られた方々に対して感謝と敬意を込めて、本文を記しました。

現在、同社のホームページには、3月の報道後、「~当社としましては、今回問題とされている当社の輸出製品は外為法の規制を受けるべき製品には該当せず、当該製品の輸出は外為法に違反するものではないと認識しており、この点に関し検察庁の判断を待ち対応したく考えております。」との記述がみられます。5月の再逮捕の報道後の状況は判りませんが、良い方向での早期の問題解決を願っております。

脚注:
****HEPAとは、High Efficiency Particulate Airの意で、「空気中からゴミ、塵埃などを高効率に取り除き、空気を清浄にする」にするフィルタにつけられた形容名称。そのフィルタは、空気清浄機やクリーンルームのメインフィルタとして用いられるもので、昨今の「新型コロナウイルス感染騒ぎ」の中で、その機能を売り物に宣伝が行われているが、定量的な「効能」には留意が必要。

植木 正憲