有機フッ素化合物と経済安保

昨年12月20日に、米国化学大手のスリーエム社が、有機フッ素化合物群(PFAS/パーフルオロアルキル物質およびポリフルオロアルキル物質)の製造から撤退し、同社の全製品で有機フッ素化合物群の使用を終了するよう取り組むと発表しました。

今のところ、あまり大きな話題にはなっていませんが、実生活上も経済安保上も、大変な事だと思います。

有機フッ素化合物は、非常に安定な化合物であるため、高温や色々な薬品に耐えることができます。

それ故、自然環境で分解されにくく、環境蓄積性が問題視されており、環境保全の観点から問題視されています。

スリーエム社が有機フッ素化合物の製造・使用を辞めるのは、欧州や米国では有機フッ素化合物に対する規制が厳しくなっており、訴訟リスクを避けるためです。

この動き、スリーエム社だけではなく、他の日米欧の有機フッ素化合物のメーカー(Dupont/Chemours、Solvay、ダイキン工業、AGCなど)も追随する可能性が低くはないです。

ただし、有機フッ素化合物は、発がん性や免疫力の低下など、人体に悪影響を及ぼす可能性があるとされていますが、殆どの有機フッ素化合物では、現在のところ、毒性は確認されてはいません。

環境蓄積性のみで規制されようとしています。

米国の一部の州では、全ての有機フッ素化合物を排除しようともしています。

我々の生活の中で、有機フッ素化合物の広がりを考えると、本気?と思えてしまいます。

全ての有機フッ素化合物を排除するとなると、自動車もスマホもノートパソコンも持ち込めなくなります。

なお、日本では、PFOA(パーフルオロオクタン酸)のみ規制対象(化審法)で、他の有機フッ素化合物は規制対象にはなっていませんが、貿易で繋がっているため、欧米の流れを無視できません。

有機フッ素化合物は、一般の方には馴染みの薄く、テフロン加工のフライパンや撥水加工位しか思い浮かばない人が大半だと思いますが、実は様々な産業で使用されています。

身近なところでは、エアコンの冷媒のフロンガスも有機フッ素化合物の一種ですし、自動車のエンジン周囲は高温になるためフッ素ゴムは欠かせません。

電気自動車になればフッ素ゴムは要らないとの声が聞こえてきそうですが、リチウム電池や燃料電池のセパレーターなどにも有機フッ素化合物は使用されています。

リチウム電池がなければ、スマホもノートパソコンも使えなくなります。

エアコンの冷媒ガスも炭化水素系のガスで代用できそうですが、可燃性です。

ビルで火災があった場合、可燃性ガスだと、エアコンから燃えて、一気にビル全体に火が燃え広がります。

燃えないフロンガスだから安心して全館空調などができるのです。

半導体製品の製造工程にも有機フッ素化合物は多く使われています。

例えば、シリコンウエハの洗浄薬剤、ドライエッチング装置のシール材や温調機器の冷媒、各種薬品(ウエットエッチング液、リソグラフ工程の剥離剤など)のシール材、などなど、枚挙に暇はありません。

ちなみに、スリーエム社が製造している有機フッ素系液体であるノベックとフロリナートは、シリコンウエハの洗浄液として、市場の6割以上を占めると言います。25年末にはこれがなくなるのですから、半導体製造に大きな影響があると予想されます。

半導体の前工程(シリコンウエハ上に回路を形成する工程)では、高真空、プラズマ照射、非常に腐食性の高い薬品など、非常に過酷な環境にさらされます。一般の材料では耐えられません。化学的に安定な有機フッ素化合物だから耐えられるのです。

昨年11月、次世代半導体の国産化を目指す新会社「Rapidus(ラピダス)」発足のニュースが流れました。2ナノメートル以下の製品を国内で生産する事を目的とするようです。

米中も最先端の半導体を目指し、しのぎを削っています。

が、半導体の微細化には、有機フッ素化合物は欠かせません。

現在の経済安保の一つに半導体の国産化があると思いますが、有機フッ素化合物を無作為に規制することは、安全保障上、確実にマイナスとなると考えます。

今の流れだと、有機フッ素化合物の製造は中国だけになるかも知れません。

一切の規制をするなと言っている訳ではありません。

理性的な規制を期待するのみです。

山田 徹