エネルギー・環境問題の本質を考える視点

エネルギー・環境問題の本質を考える視点
A Realistic View Point on Energy and Environmental Issues

高度工業社会はエネルギーを大量消費して、GDPを増大させてきた。日本では「1万円の付加価値を生むのに、1次エネルギーを石油換算で10 kg分を消費」する。この原理を踏まえて、新エネルギー機器(太陽電池、電気自動車、燃料電池など)の初期建設費とそこに使われるエネルギーを評価した。水素社会は高コスト社会であり、日本が目指すべきは低コストの「省エネルギー社会」と考える。

The GDP of advanced industrialized countries is associated with the massive energy consumption. In Japan the value addition of 10,000yen is associated with the consumption of 10kg petroleum. This principle is used to evaluate the efficiency of the new energy devices. Japan should aim the low cost and energy efficient society instead of the so-called hydrogen society which is very expensive.

1.GDP とエネルギー消費

1.1 人類の歴史とエネルギー消費

人類誕生から高度工業化社会に至るまでにエネルギー消費がどのように増大していったかをNIRA1)が1979 年に発表した図1で確認する。
図1では人間の一人当たり、1日のエネルギー消費量を次の6段階で推定した。

  1. 原始人(エネルギー源は食料のみ)
  2. 狩猟人(暖房と料理に薪を燃やした)
  3. 初期農業人(穀物を栽培し、家畜を使用)
  4. 高度農業人(暖房用石炭、水力、風力を使用)
  5. 産業人(蒸気機関を利用)
  6. 技術人(自動車、電力を使用、食料は家畜用を含む)

狩猟・採取の時代が長く続いたが、産業革命以降、エネルギー消費が急増していることが分かる。

 

1.2 近代日本のエネルギー消費とGDPの相関

近代日本は、明治初期から急速に産業革命を進め、比較的短期間に工業化を成し遂げたので、「エネルギー消費量」と「国内総生産」(GDP)の関係が解かりやすい。図2に近代日本のエネルギー消費と実質GDPの変遷を示す 2)4)

図1 人類のエネルギー消費量の変遷

図1 人類のエネルギー消費量の変遷

 

図2 近代日本のエネルギー消費と実質GDPの変遷

図2 近代日本のエネルギー消費と実質GDPの変遷

エネルギー消費は10万kcal/年を単位とし、実質GDPは1985年の円の価値を基準にしてある。1890年から1990年まで、GDPとエネルギー消費が比例的に増加しているのが分かる。1960年代から1990年まではいわゆる「高度経済成長時代」で、安価な石油をエネルギー源及び化学原料としてGDPが急増した。1990年のバブル崩壊後の日本経済は「失われた20年」といわれ、国内の1次エネルギーの消費は石油換算で4.4億トン(1990年)、5.1億トン(2000)、4.9億トン(2010)と比較的定常に推移した。その間のGDPは、452兆円(1990)、504兆円(2000)、480兆円(2010)と停滞しており、エネルギーとGDPの比率はほとんど変化しない。概略で計算すると、500兆円の付加価値を付けるのに、石油5億トンを消費した。すなわち、1万円の付加加価値を付けるのに、石油を約10kg消費している 3),4)

1.3 世界各国のGDP とエネルギー消費

世界の主要国の一人当たり名目GDPとエネルギー消費(ENE)を表1にまとめた3)。
一人あたりの名目GDPはUSD表示してあり、一人あたりのエネルギー消費は石油換算のkgで示している。石油1 kgは約10 000 kcalに相当する。

表1 各国の消費エネルギーあたりのGDP(2010)

国 名 一人当り名目GDP
(USD 表示)
 一人当りエネルギー
消費(石油換算kg)
 エネルギー消費当りの
名目GDP(USD/kg)
1  日  本  43,038  3,177  13.5
2  アメリカ  47,905  6,866  6.98
3  イギリス  36,985  3,143  11.8
4  ドイツ  39,804  3,260  12.2
5  フランス  39,362  2,820  14.0
6  韓  国  20,947  3,809  5.49
7  中  国  4,375  1,534  2.85
8  ロシア  10,618  4,732  2.24
9  南アフリカ  7,060  2,452  2.88

注)「世界の統計 2014」、総務省統計局(2014/3)より、松田作成

表1を見ると、先進工業国といわれる日本、イギリス、ドイツ、フランスではGDP/ENEが11~14の狭い数値の中に入っている。アメリカは国土が広く、また省エネルギーが進んでいないのでGDP/ENE の値が低い。韓国、中国、ロシアなどのGDP/ENEは低いが、USD表示でなく購買力平価基準で表示すると数値は先進工業国並みになる。
消費者に渡る前の最終製品・サービス(例えば、自動車、パソコン、太陽電池、家電品、旅館の宿泊費、レストランでの食事など)の金額が付加価値の総和になっている。サービス業ではエネルギー消費が少なく、工業製品では多いという議論があるが、サービス業でも働く人の使うエネルギーを考えると案外多いのに気が付く。LCA(Life Cycle Assessment)で、一つの製品のエネルギー原単位を計算する方法もあるが、原材料のエネルギー使用量はある程度計算できるが、一般管理費、研究開発費ブランド価値など人の働きにより消費されるエネルギーの計算が困難である 5)

図2及び表1のGDP/ENE の考察から、新エネルギー及び機器の経済性・環境性を考える時には
「日本では、1万円の付加価値を生むのに石油10 kgを消費する」
を原点に置くのが正しいと思われる。この原理を新エネルギー機器の初期コストの経済性、水素エネルギー社会の実現性などの評価に適用する。

2.新エネルギー機器の経済性について

2.1 太陽電池発電の経済性について

太陽電池(以下、PVと略す)は、発電時には投入エネルギーが太陽光のみであるが、PVの製造時に多量の資源とエネルギーが消費されている。家庭用及びメガソーラは「固定価格買取り制度」(Feed-in Tariff)の導入により大きく進んだ。日本では、当初買取り価格が43円/kWhと設定された。この買取価格43円/kWhは電力会社の電灯料金約23円/kWhの2倍近くであり、火力発電の発電コスト(12~13円/kWh)の3倍以上である。この価格差を一般国民が払うのが問題である。
PVの省エネルギー・省資源効果はどのくらいか試算してみる。初期投資を30万円とすると、石油換算で300 kgのエネルギーを消費する。発電所の発電量を360 kW/kg、発電効率を40%、石油からのジュール熱の変換率を860kWh/kgとすれば、約14,000 Whとなり、初期建設コストで使うエネルギー(石油)だけ火力発電所で発電すると2.5年分の発電量を確保できることになる。

2.2 電気自動車の環境性と経済性について

電気自動車(EV)の経済性を論ずる前に、火力発電所の建設コスト及び発電効率の概略に言及しておく。ガスタービン発電(効率:25~35%)の建設コストは5万円/kWと割安であるが、微粉炭ボイラー(43%)、LNGコンバインドサイクル(55%)では建設費が10~15万円/kWのオーダである。
電気自動車(EV)は、走行中には炭酸ガスを排出せず、NOx、CO、HCも排出しない。EVは、走行中に化石燃料は消費しないが、電気を作る段階(及び製造段階)で化石燃料を消費する。
化石燃料 → 火力発電所で発電 → 送電 →電池の充電・放電 → 駆動
化石燃料から充・放電までの効率を掛合わせると、23%程度と見積もることができる。ガソリンエンジンの自動車は、走行中の熱効率が10~20%といわれているから、EVの方がエネルギー効率は多少高い。しかし、EVの製造時のエネルギー消費も勘案しなければならない。
量産されているEVには、日産リーフと三菱i-Mievがある。両者とも2次電池にはエネルギー密度が高いリチュウムイオン電池(エネルギー密度:~100 Wh/kg)を使用している。EVはガソリン車に比べて価格が2~3 倍と高いが、主な要因は積載する電池のコストである。日産リーフの場合、ガソリン車との差額200~250万円が電池コストと見積もられる。これはEVの電池部分の製造に2 000~2 500 kgの石油を使用していることになる。これに相当するガソリンで走行すれば15km/ℓとして、30,000kmは走行できる。EVがガソリン車と同等の経済性を持つためには、電池部分の大きなコストダウンが必要である。

2.3 電気自動車のエネルギー密度の向上の可能性

ガソリン車は、還元剤(電池の負極材に相当)にガソリンを用いて、酸化剤(電池の正極材に相当)に空気を使用する。すなわち、ガソリン車は酸化剤を自らは持っていないのである。もし酸化剤も自ら持っているとすると、その重さはガソリン50 kgに対して700 kgにもなる(空燃比を14として計算)。一方、リチュウムイオン2次電池では、負極(C6Li)と正極(例:NiOOH)の両方を備えていなければならない。従って、2次電池はもともとガソリンエンジンに対して大きなハンディキャップを背負っており、将来的にも走行距離はガソリン車の1/2以下に留まるであろう。

3.水素エネルギー社会の実現性

3.1 水素製造プロセス

地球温暖化対策として、「低炭素社会」の実現が叫ばれ、その具体的な案として「水素エネルギー社会」が取り上げられている。化学プラントを少しでも勉強したことがある人ならば、直感的に“水素エネルギー社会は高コスト社会である”と気付くであろう。理由は単純で、水素の製造コスト(あるいは供給コスト)は、燃焼熱当り天然ガス、石油、石炭より2~4倍も高いからである。
現在、工業的に使用される水素は天然ガスのスチームリフォーミングで製造されている。
CH4 + 2H2O → CO2 + 4 H2 (1)
スチームリフォーミングは熱効率の良い反応であり、メタンの持っている燃焼熱の90%以上が生成する水素の燃焼熱に変換される。

3.2 燃料電池について

燃料電池(FC)は、熱電併給(コジェネ)機器として、日本で実用化が始まっている。都市ガスを利用したコジェネシステムは、「エネファーム」として、年間数万台が販売されている。標準的なエネファームは、電気出力0.75 kW、給湯出力1.25 kW、総出力2 kWの機種が約200万円で販売されている(補助金が3割程度出る)。
エネファームの給湯器のみとしての価値は20~40 万円だと考えられるので、発電機としての価格だけを考えるならば、0.75kWで150万円、すなわちkWあたり、200万円となる。200万円の付加価値を付けるのには、機器製造段階で石油2,000kgを消費していることに注意しなければならない。

3.3 燃料電池自動車について

燃料電池自動車(FCV)としては、トヨタ自動車から「ミライ」が商用車として2015年に発売された。販売価格は723万円とされ、補助金を利用すると、購買者の負担は500万円である。燃料電池(FC)の出力は114 kW(155馬力)であり、ガソリン車の1,500 ccエンジンあたりに相当する。ここで問題とされるのは114kWの燃料電池をどのくらいのコストで製造できるかである。ミライの燃料電池は、エネファームに用いられている固体高分子型燃料電池(PEFC)と同じものである。エネファームは準商業ベースで数万台/年製造されているから、FCV用の燃料電池の価格もそれらに相応のコストで生産されているであろう。エネファームのFCの価格、100~200万円/kWを適用すると、FCVのFCだけで1億円を超える計算になる。今仮に、エネファームのFC 価格の“1/10”の20万円/kWを仮定して、議論を進める。FCVのFCの価格は、
20(万円/kW)×114(kW)=2,280万円
となる。これは、将来の製造のコストダウンを考慮して、FCの価格を極めて低く仮定した場合の値である。トヨタ自動車は、低く見積もってもFCV「ミライ」1台売る毎に2,000万円の持ち出しをしていることになる。この持ち出しは、1,000台程度はトヨタの利益で宣伝費として賄える。しかし、1万台~10 万台販売となると無理であろう。
さて、FCVを通常のガソリン車に比べて2,000万円高く購入した人の場合を考えてみよう。2,000万円の付加価値を付けるには、20,000kgの石油換算のエネルギーを消費している。20,000kgのガソリンがあれば、燃費を10 km/kgとしても、200,000 kmは走行できることになる。エネルギー的には、FCVを購入しても、環境に貢献したとはいえないだろう。

4.持続可能な社会に向けて

持続可能な社会(Sustainable)の実現に向けた様々な取組がなされている。現在はエネルギー源として化石燃料を使用し、資源としては石油、鉱物、動植物などを利用している。石炭(褐炭を含む)、天然ガス、シェールガス・オイルなどの賦存量を考えても、今後200年は化石燃料に依存する社会であろう。「時間軸を考えて、環境・エネルギー問題を考えなければならない」とは、御園生誠(東大名誉教授)が良くいう言葉である5)、6)。世界の人口増がこのままのスピードで進めば、資源の獲得競争が始まるのも間もなくであろう。日本が世界で生抜いてゆくためには、他の諸国よりも相対的に少しだけ優位な「省エネルギー」社会を作ればよい。
日本には古来より「勿体ない」という精神がある。これは自分も含めた環境のすべてを有効に利用しようという心である。日本は天然資源には恵まれないが、自然環境には恵まれている。太陽光と地中熱を利用した「ゼロエネルギー住宅」、「最も効率の良い集合住宅」など、まだまだ工夫を凝らせば、さらなる省エネルギー社会を作れるだろう。

 

<参考文献>

1)総合研究開発機構編,未来への選択 エネルギーを考える,研究パンフレット,1979

2)日本国勢図絵長期統計版-数字で見る日本の100年,矢野恒太記念会編,第3~6版,1991~2013

3)総務省統計局:日本の統計 2015,H27/3総務省統計局:世界の統計 2014,H26/3

4)松田臣平:エネルギー・環境技術と経済学,山口大学,p.20,1999 年10月初版

5)御園生誠:化学環境学,裳華房,2007

6)御園生誠:「将来の化学技術を考えるための5つの基準」論説,化学と工業,日本化学会,Vol.60-1, p.5,2007


松田 臣平(まつだ しんぺい)松田 臣平

技術士(化学部門)

(有)マツダリサーチコーポレーション

工学博士,安全保障貿易管理士

e-mail:matsudasm@nifty.com